日本空手道白堊会松伏道場
NIHON KARATE DO HAKUAKAI MATSUBUSHI DOJO
アーユボーワン、今から私の(アガラワッタ)故郷・・・”スリランカ”を少し紹介したいと思います。
アーユボーワン(出会ったときに両手を胸の前で合わせて云います。別れの時も同じように云います。挨拶の言葉です,
アーユボーワン(こんにちは、はじめまして等々)





緑色はイスラム教徒
橙色はタルミ人ヒンドゥー教徒
ライオンと4枚の菩提樹の葉は
多数派シンハラ人(仏教徒)の
シンボルです

 国名スリランカの意味は、”光耀く島”
 (スリは光耀く、ランカは島を意味します。)

その自然の豊かさから「インド洋の真珠」ともまたその歴史の悲しさから
「インド洋の涙」とも呼ばれる。かつての国名「セイロン」の名を冠した
芳醇な味わいの紅茶。
清涼な気候と見ごたえある眺望に恵まれた高原地帯。
色鮮やかな魚が戯れる群青の海。さまざまな鳥や動物が棲む緑。
いにしえの栄華を想起させる遺跡。人々の心を射止める宝石。
そして、どこまでもあたたかい人々のもてなし
北海道の約8割という国土の中に、
自然、民族、文化が驚くほどの多様性を備えて混在している

日本からからのフライトは、


成田発コロンボ行きの直行便が週4回に増便になりました。

スリランカ航空の直行便で約9時間。


マレー経由で約12時間


時差は3時間半です。

気候は雨季と乾季に分かれる。気温は年間を通じて2〜3度の差で、

   あまり変化がなく過ごしやすい。海岸,低地はあついが、高地は

  一年中春のような気候です。気温は25度〜30度前後

食事は基本的に3食カリーです。
   美味しいカリー料理が沢山あります。


 国名:スリランカ正式国名:スリランカ民主社会主義共和国首都:スリジャヤワルダナプラコッテ
面積65,607平方km(北海道の約0.8倍)人口:2045万人(2009年推計)首相:マヒンダ・ラージャパクサ大統領
通貨スリランカ・ルピー (Rs. /LKR) (2009年5月7日現在Rs.1=約0.8円)
言語:シンハラ語、タミル語、英語

主要産業:農業(紅茶、ゴム、ココナツ、米作)、繊維業

仏教徒(70.0%)、ヒンドゥ教徒(10.0%)、イスラム教徒(8.5%) ローマン・カトリック教徒(11.3%)
シンハラ人(72.9%)、タミル人(18.0%)スリランカ・ムーア人(8.0%)

国祭日2月4日(独立記念日)


世界遺産を簡単に説明します

@アヌラーダプラ Aシーギリヤ  Bポロンナルワ  Cキャンディ Dダンブッラ  Eゴール  Fシンハラージャ


@アヌラーダプラ(Anuradhapura)
登録名:聖地アヌラーダプラ
登録年1982年
今から2500年以上も前にきずかれたスリランカ最古の都。
紀元前3世紀に仏教がインドより伝わってからは
仏教都市として発展し、ここからスリランカ全土はもとより、
タイ、ミャンマーへと仏陀の教えが広まっていった。ここには仏陀が
その下で悟りを開いたとされる
ブッタガヤ(インド)から運ばれて来た菩堤樹の分け木がある


  スリー・マハー菩提樹

   Aシーギリヤ(Sigiriya)
   登録名:古代都市シーギリヤ
   登録年:1982年
    ジャングルの中にそびえたつ高さ195mの巨大な岩山シーギリヤ・ロック。
     今からおよそ1500年前、この頂上に王宮を築いた王がいた。
     岩山の中腹には、壁一面に美女の絵が描かれた。雨風の浸食に
    よって 今は、30分の1しか残っていないが、
    この壁面はスリランカを代表する芸術として広く知られている。

    シーギリヤ・ロックのお話

   Bポロンナルワ(Polonnaruwa)
   登録名:古都ポロンナルワ
   登録年:1982年

     10世紀末、タミル人の侵略によってアヌラーダプラダを追われた
  シンハラ王朝は、ポロンナルワを2番目の都とした。
  仏教の普及に力を注ぎ、多くの石造や僧院などを建造して、
  12世紀には南アジア随一の仏教都市として発展した。
  岩肌を削って造られた14mもの巨大な涅槃仏などの石造がある。

Cキャンディ(Kandy)
登録名:聖地キャンディ
登録年:1988年

シンハラ王朝最後の都。遷都(セント)を繰り返しした、シンハラ王朝が
16世紀末にたどりついたのが、キャンディだった。
それからイギリスの植民地となる、1815年まで約300年の間、
首都として繁栄した。王権の象徴である仏歯を、祀る仏歯寺が建立され
今なおスリランカの仏教徒のあつい信仰をあつめている。

Dダンブッラ(Dambulla)
登録名:黄金寺院ダンブッラ
登録年:1991年

5つの石窟からなる黄金寺院。これらの石窟はすべて自然の洞窟を
利用し、シンハラ王朝が建造・修復したものだ。1番古い第1石窟は
2100年前に造られたもので、全長14mもある、涅槃仏(ネハンブツ)が
安置されている。第2洞窟の天井からは、聖なる水がわき出ている。
「ダンブッラ」とはこの「聖なる水」を指す。

Eゴール(Galle)
登録名:ゴール旧市街と要塞
登録年:1988年

もともとはアラブ商人たちの中継貿易港として栄えた。16世紀末に
ポルトガル人が入植して砦が築かれた。17世紀になると、今度は
オランダ人がその砦を拡張し、砦のなかに町を造った。
これが要塞都市ゴールの原型となる。まっ白いモスクとコロニアル建築が
同居する町並みが美しい。

  F シンハラージャ(Sinharaja)
   登録名:シンハラージャ森林保護区

   登録年:1988年
    スリランカ唯一の自然遺産。手つかずで残された1万8000ヘクタールにも
    及ぶ熱帯雨林のジャングルだ。世界でもここにしか生息しない動物
    が84種類もいる。正確な数は分かっていないが、
    ここでしか見れない植物も多い。
    森林保護区に入るには、事前に特別許可証を取得する必要がある。


ンド洋に浮かぶ島国スリランカ。
赤道と北回帰線に挟まれた熱帯に位置する。緑豊かな環境に包まれている美しい島です。
北に向かって先細りしているその形は、ちょうどインド亜大陸が一粒の涙をこぼしたようだといわれる。
かつては「セイロン」と呼ばれていたが1972年の新憲法の公布を機に「スリランカ」に改名した。
「スリランカ」とは「光り輝く島」という意味。人々は誇りをもってこの国名を口にする。
しかし「セイロン」という言葉は今でもあちこちに生きていて、世界的に有名な紅茶のブランド名としても有名だ。
島は変化に富んだ地形をしておりベージュ色のビーチが100Km以上も続く海岸。
ジャングル、標高1000mを超す山々、小さな島国とは思えないほどの多様さだ。それらのほとんどが無拓な自然を残している。
ジャングル地帯には多くの野生動物たちが生き続けている。
ここに暮らす多くは仏教徒。古代から仏教大国として栄えてきた。現在も残るその大遺産はユネスコの手によって、修復整備が行われている。
歴代の王たちが残したものは遺跡だけではない。島のドライゾーンと呼ばれている乾いた大地に点在する巨大な貯水池。
王たちが建設したその偉大な遺産は、農業国であるスリランカに住む人々の生活を大切に守り続けてきた。
今は自然の中に溶け込み、鳥も獣もそこを生活の場としている。スリランカの名前を世界的に有名にしたものにもうひとつ宝石がある。
その歴史は古く紀元前10世紀。ソロモン王がシヴァの女王のハートを射止めるのに使ったルビーがスリランカのものだという。
またスリランカを支配してきた諸外国が憧れていたのもこの宝石の豊かさだ。永遠の光を放ち、邪悪なものを寄せ付けないと伝えられる宝石。
宝石の代表的な産地である山の中の小さな町ラトゥナプラでは、今日も男たちが素朴な方法で夢を掘り続けている。恵まれた環境と、
そこに暮らす人々の心の豊かさ何もかも新鮮な驚きにあふれている。



私の国(アガラワッタ)の故郷スリランカをもっともっと紹介したいのですがこのページで詳しく紹介するのはチョット厳しので
簡単に紹介しました。スリランカをWebでみる
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